「周りに合わせるのがめんどうくさい」
「社会が当たり前とすることが自分にはできない」
「学校や職場になじめない」
と思うあなたは、いわゆる社会不適合者かもしれません。
僕も小さいころから周りの人とうまく歩調を合わせるというのが苦手なタイプの人間だったので
通っていた専門学校を辞め、ブログやアルバイトで生計を立てている存在です。
自分と周りの人や環境にズレを感じている人向けに、学校の先生は教えてくれない生き方を書いてみました。
この記事の目次
社会不適合者の特徴
- 落ち着きがない
- 集団行動が苦手
- 会話のキャッチボールが続かない
- 人と距離感の取り方がヘタ
- 学校のクラスや職場でいつも浮いている
- 時間を守れない
- ADHDと診断をされている
- 人付き合いをめんどくさく感じる
これらの特徴に多くあてはまる人は、
「周りの人と深い人間関係を築けない」
「自分は必要とされない人間なのでは?」
と思うことも多いのではないでしょうか?
もちろん社会不適合者といっても、タイプを細かく分類していくと、
- 人とのコミュニケーションが苦手なタイプ
- ”標準”とされるルールに従うことができないタイプ
僕の場合人と会話をするのは好きなのですが、学校や会社のルールに合わせたりするのが苦手なタイプです。
社会不適合者は悪いこと?
別に何も悪いことではありません。
誰か人を傷付けるようなことをしたり、犯罪に走ったりしていなければ、環境にうまく溶け込めない・馴染めないというのはおかしいことではありません。
人間十人十色。
百人百様。
性格や価値観は違って当たり前です。
といいますか、誰しも心にほんの少しくらい、自分と自分が属しているコミュニティとのズレは実感しているはずです。
それが大きいか小さいかというだけだと思います。
グループや組織に属していると、自分と会わないルールや人と向き合う必要が出てきます。
小学校の頃のおかしなルール
今思い返してみると、小学生の頃っておかしなルールや決まりごとが多かったなぁ~と思います。
- あだ名禁止(さん付けでよばなければならない)
- シャーペン禁止
- 運動会での過酷な組体操
- 廊下を走ったら下がってやり直し
- 給食食べきらないと班の全員昼休みなし
- 全校集会は体育座りのみ
どういう意図があってか分かりませんが、ルールを破る人は悪といった空気に満ちていました。
ちょっとしたことですぐ先生にチクる子もいたし、群れから逸脱する行動を取る人は厳しい目で見られます。
特に僕が小学生のときにあった、給食すべて食べきらないと班の全員昼休み無しというのは明らかにやりすぎでした。
グラウンドに行ってドッジボールをしたい男の子からは罵声を飛ばされるし、
他のみんなが遊びに行っている間も黙々と食べ続けるというのは苦痛です
もちろん保護者からも苦情殺到。
苦手な物が多い子や食が細い子には地獄のようなルールだったことと思います。
同調圧力はヤバい
決まったメンバーと1年間同じクラスを過ごすというシステムや、
小学生はみんなランドセルというのも、なんだか変な決まりではないでしょうか?
みんなの輪を乱してはいけない
みんなと同じでなければいけない
という意識が刷り込まれることになります。
僕の小学生頃、一人だけランドセルではなくリュックサックで通っていた子がいたのですが、
「お前ん家、ビンボービンボー!」
といってからかわれていました。
授業中に手を挙げて意見を言うことを恐れ、消極的な子が増えているのも同調圧力です。
みんなに合わせられないことは悪いことといった教育を暗示的に受けるので、
変なことや間違ったことを行ってしまい、悪目立ちしたくないのです。
僕はまだゆとり世代だったので、昔に比べると甘かったのだと思いますが、
こういった環境下に置かれると、息の詰まる生徒は必ず出てきます。
日本の学校教育というのは、サラリーマンを生み出すことを目的に作られたモデルです。
したがって学校の生活に馴染めなかった人は、実社会に出て就職してもうまく環境に馴染めない人が多いです。
社会不適合者の人が取るべき行動
取る行動というのは2つあります。
- 本音を押し殺して環境に順応する
- 環境を変えて新しい行動を取る
周りに馴染めるよう、あなた自身が己を殺して溶け込む覚悟を決めるか、
合わない環境を飛び出して我が道を行くのどちらかしかありません。
本音を押し殺して環境に順応する
これは学校の教育で教わったことをそのまま実行するパターンになります。
今自分の置かれている状況を買えたいと思ったとき、人を1000人集めると、行動に移せる人はその中の100人。
後の900人は「変わりたい」とは思っても行動に移せず、願望だけで終わります。
「本当は今の会社嫌だけど、我慢して務めておこう」
「このグループ本当は好きじゃないけど、適当に仲良くしておこう」
「あんまり目立った行動はとらないようにして、ハブられないようにしよう」
「穏便にすませておこう」
これは900人の人が取る行動と考え方です。
何かに挑戦して失敗するというリスクを取る必要ないから楽なのです。
環境を変えて新しい行動を取る
僕はどちらかというとこっち派です。
集団生活に馴染めなかったからこそ、個人で稼げるようにブログで情報発信を始めました。
(僕の場合環境を変えたというよりも、逃げたの方が近いかもしれませんが・・・。)
僕が見てきた感じフリーランスや起業家の多くは、”普通”とされている社会生活に馴染めなかった人が多いです。
自分で起業するなり団体を立ち上げるなりして居場所を作っています。
周りに合わせているとつらい
本当のあなたを捨て、周りに合わせて生きているとこうなっていきます。
- 毎日朝早くから出勤
- 満員電車に詰め込まれて会社へ
- スーツ着用
- 髭を短く剃らなければならない
- 髪型の自由も制限
- 本音や正論よりも建て前を優先
- 上司に気を遣う
- 嫌いな人にも笑顔を向けないといけない
- やりたくもない残業
意見1つまともに言うことも恐れ多くなり、いつの日か本当の自分を見失っていくのです。
きちんと自分の軸を持ち、会社の仕事をバリバリ頑張っている人ももちろんいるとは思います。
しかし会社の仕事をするということは、他人の人生を生きるということです。
学校の先生が教えてくれない生き方
学校卒業して企業に就職して働くというのが、人生の黄金ルートとされています。
学校の先生が僕たちに教えてくれる生き方の大半はこれです。
国道1号線並みにビシッと整備されています。
けれど別に、人生の道はこれ1つではありません。
無理してみんなと同じ道を行く必要はありません。
在宅で働いたり、Web系フリーランスとして生きることもできるのです。
これらで稼いでる人はけっこういます。
これならば組織に縛られることなく、マイペースに働いて生きるということが可能です。
IT系フリーランスやネット起業家として活動しながら、田舎の地方でのんびり暮らしてる人もいれば、生活費の低い海外で生活している人や、都心のタワマンで生活してるという人もいます。
ちなみに僕の場合、現在副業レベルではありますがブログをやっております。
なぜブログなのかというと、自分を自分らしく表現するのに素晴らしいツールだと思ったからです。
- 始めるのに費用がほとんどかからない
- ほったらかしでも稼げる
- 時間と場所に縛られない
- 頭の中の何気ない知識が世の中の役に立つ
- 知名度が上がれば人脈も増える
- 物事を考える力が付く
会社や学校といった集団の場において、みんなと違うことは悪いことや恥ずかしいことみたく教わってきました。
けれどブログといったメディアを運営するにあたってはむしろ、個性が際立った人の方がウケます。
あなたの知識やキャラ、視点、モノの考え方が最高に生きる場所です。
特に顔出しや個人情報をさらす必要もなく、Webの広告収入などで稼ぐことができます。
僕の知ってるブロガーやアフィリエイターさんたちは、みんな個性の際立った人ばかりです。
自分の好きなこと・得意なことをブログで発信してお金に変えています。
僕なんか、個性を消して働くコンビニのアルバイトを個性的なブログアイデアに変換しています。
友達にすらも面と向かって言えない恥ずかしいことや、マニアックな知識も堂々と書くことができます。
死ぬ前に人生で後悔したこと1位
もっと自分の気持ちに正直に生きればよかった
末期癌の患者が看護師に語ったことの中で最も多かったのは以下の5つです。
5位 自分自身をもっと幸せにしてあげたかった
4位 友人との関係を大切にしておけばよかった
3位 自分の気持ちを正直に使えればよかった
2位 仕事に人生をささげ、他のことをおろそかにしてしまった
そして第1位が理想の自分として生きることができなかった後悔なのです。
この質問に答えた全体の70%もの老人が「自分の気持ちに正直になれなかった」と話したそうです。
みんなから遅れを取りたくない。
自分だけ仲間外れになりたくない。
挑戦して失敗するのが怖い。
そうしてリスクの無い安全な方にばかり行っていると、最終的には後悔が残ってしまうのです。
「しまった!デザートはプリンでなくアイスにしておけばよかった!」
なんてのとは比べ物にならない後悔です。
2度と取り返しのつかないものなので。
人生本当に充実させたものにしたいのであれば、多くの人とは違う方向に進む勇気を持つことも必要です。
コンビニ店員ブロガーのDスケ(⇒プロフィール)です。